HALE AO by JIMBO, Shigeru Visual Image, Hawaiian Culture and Music

Maʻemaʻe Līhau

by Emma Kapena

 

Maʻemaʻe Līhau, pō i ka lehua

Kupu kelakela i ke alo o Mālama

Me he lama ala ke aloha o ka ipo

Ke hiki mai, hiki mai

 

 *Aia a hiki mai ka haliʻa i oʻu nei

   Me he uila ala i ka maka o ka ʻōpua

   Ua pua ē ka liko pua ka hīnano

   Ke hiki mai, hiki mai

 

Hiki mai ana ka nahele ʻalo anu

A i lawe ʻia mai e ke ʻala lauaʻe

Ua hele a puīa i ke onaona

Ka noua e ke kēhau

 

 *hui

 

Hiaʻai hewa ana au iā ia ala

Laʻahia nei kino i kō leo

I lei, i home noʻu kō aloha

Kuleana ai kāua

 

 *hui

 

<解説>

歌詞は、西マウイの歌を集めたコンピアルバム「Lei Nāhonoapiʻilani」の音源に基づく。別名「Aia Hiki Mai」で、そちらの曲名が一般的のようだ。

 

作者について調べたところ、もしかしたら歴史家デビッド・マロのひとり娘、Emma Aʻalailoa Malo (1846〜1886)かもしれない。デビッドの17才年下の三番目の妻レペカとの間にできた、初めてのこども。出身は不明だが、親が住んでいたマウイ島ラハイナ生まれだろう。その後リリウオカラニの侍女となり、音楽の才能があり作曲もした。1863年にJohn Mākini Kapena (1843〜1887) と結婚してエマ・カペナとなった。心臓の疾患により43才の若さで亡くなっている。

 

夫のジョン・カペナは、マウイ島ラハイナ出身。カラーカウアの親戚にあたる。カラーカウアが王位を争う選挙で尽力をし、彼が王となった1874年から2年間、故郷のマウイで郡知事を務めた。その後、フランス大使となったりカラーカウアの側近として1881年の世界周遊に随行するなど活躍をした。

 

エマの父デビッド・マロ(1793〜1853)についても少し紹介を。デビッドはハワイ島生まれ。1823年にラハイナへ移住する。キリスト教信者となって牧師から英語を学び、聖書のハワイ語翻訳に携わる。ラハイナルナ・スクールの創立からの先生で、後に校長も務めた。デビッドはハワイ文化について執筆を始め、1838年頃に初めての本を上梓した。著作はハワイ語だが、英語に翻訳されて現在も手に入れることができる。「Hawaiian Antiquities」は古代ハワイアンの生活を知る上で、とても貴重な資料。めっちゃ面白いです。

 

 

 

 

 

 

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