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Aloha ʻOe

by Queen Liliʻuokalani

 

Haʻaheo (ē) ka ua i nā pali

Ke nihi aʻela i ka nahele

E hahai (uhai) ana paha i ka liko

Pua ʻāhihi lehua o uka

 

*Aloha ʻoe

  Aloha ʻoe

  E ke onaona noho i ka lipo

  One fond embrace

  A hoʻi aʻe au

  Until we meet again

 

ʻO ka haliʻa aloha i hiki mai

Ke hone aʻe nei kuʻu manawa

ʻO ʻoe nō kaʻu ipo aloha

A loko e hana nei

 

*hui

 

Maopopo kuʻu ʻike i ka nani

Nā pua rose o Maunawili

I laila hiaʻai nā manu

Mikiʻala i ka nani o ka liko

 

*hui

アロハ・オエ

対訳:神保 滋

 

 

おごそかに崖に降る雨が

森の中に忍び寄る

つぼみを濡らしにいくのだろう

山に咲くアーヒヒ・レフアの

 

 *さようなら

  さようなら

  山奥に住む甘い香りのあなた

  熱い抱擁のあとに

  私は去ります

  また会う日まで

 

愛の記憶がよみがえる

あの甘いひとときを

あなたは私が愛したひと

いまも心の中に

 

 *コーラス

 

私はその美しさがわかる

マウナヴィリに咲くバラの花の

鳥たちはそこで楽しむ

飛び交う  美しいつぼみの間を

 

 *コーラス

<解説>

多くの歌を残したリリウオカラニ女王(1838〜1917)の代表曲がアロハ・オエだ。  1878年、リリウオカラニは、妹のリケリケ王女ほか数人のお供とオアフ島コオラウ山脈のふもとにあるマウナヴィリ牧場を訪れた。同行者には牧場主の息子である若きエドウィン・ボイド大佐もいた。ホノルルへ向けて一行が牧場を発つとき、リリウオカラニは、ボイド大佐がハワイアンの女性からレイを受け取り抱擁する姿を見かける。別れを惜しむ若者二人からインスピレーションを受け、帰途の馬上でメロディを口ずさみながら歌を作ったという。

アロハ・オエは、王宮付きの楽団ロイヤル・ハワイアン・ミリタリー・バンド(現ロイヤル・ハワイアン・バンド)のレパートリーとなり、1883年にはサンフランシスコで演奏された。その約1年後には、歌詞の英訳とドイツ語訳のついた楽譜が出版された。兄の第7代カラーカウア王が亡くなり1891年に第8代国王となったリリウオカラニは、1895年、新政府軍の謀反によってイオラニ宮殿に約8ヶ月幽閉される。その間にアロハ・オエが作曲されたと広く言われているが、実際にはその前に完成していた。アロハ・オエは恋人の惜別の思いを込めたラブソングだが、ハワイ王国滅亡という歴史に直面したハワイの人々が、その悲しみを歌に投影したことが影響しているのだろう。

 

レフアはハワイ固有種オーヒアの木に咲く花のことで、アーヒヒ・レフア(レフア・アーヒヒ)はオアフ島の亜種。

 

歌詞の一番3行目は「hahai」だが、リリウオカラニの手書き楽譜では「uhai」となっている。また、この時点では「paha」の一文字がない。

 

ナニ・アラパイの1911年の音源を聞くと、すでに「ē ka ua」と歌っている。サビもオリジナルメロディの「アロハオ〜〜エ〜(♪♪♪♩♩♩)」ではなくて「アロ〜ハ〜オエ〜(♪♩♩♪♩)」だ。

 

アロハ・オエにはネタ元となったと言われる曲があって「Lone Rock By The Sea」と「There's Music In The Air」のふたつ。

 

 

 

 

 

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